Wild at Heart 01

 ともすれば、ピアノ線で深い峡谷を渡る緊張感だと降谷は思う。それを深刻にしないのは中央に座る対象者――この場合、降谷が警護する相手のことを呼ぶが、彼の持つ空気のせいだろう。

 からりと笑った彼は、それで、と前置いて、猛獣とも恐れられる狙撃手を見上げた。
「あんたが俺のショットガンってわけ? 最近、FBIはヴィジュアルで人員を選ぶようになったのか?」
「失礼だぞ、グーデリアン」

 J.グーデリアン。ドイツに拠点を置く、レーシングチームのスタードライバーである。降谷の住む日本ではあまりなじみがないが、ヨーロッパやアメリカでは、モータースポーツは大金が動くビッグコンテンツだ。その頂点に君臨するトップレーサーともなれば、日本では想像もつかない巨額の富と栄誉を享受できる。

 グーデリアンはその選ばれたトップレーサーの一人であり、界隈では名の知らない者がいないスター選手だ。

 「アメリカの英雄」。

 そう調書に書き込んだのは、他でもない赤井秀一だった。

 ハニーブロンドにブルーアイ。そばかすすら愛嬌に見える白い肌。アメリカ人が理想と考える男の姿がそこにある。赤井は手を差し出し、よろしく、と端的に告げた。
 グーデリアンは笑顔でその手を取った。
「うちの監督の寿命はあんたの手腕にかかっているらしいからな。頼むぜ、ブラザー」

 監督、と呼ばれた男性は一つ咳払いをし、グーデリアンをにらみつけた。
 尊大にも聞こえるクイーンズイングリッシュ。フランクな響きのグーデリアンとは対照的でもある。

 そして、降谷は、彼の言葉にどこか懐かしさを覚えたのだが、その理由をつかめずにいた。
 「礼儀をわきまえない男で、本当に申し訳ない。ミスター赤井、あなたの評判は承知している。こんな無礼者だが、うちには代わりのきかないエースドライバーだ。何としても、命だけは守ってやってほしい」

 白いシャツにデニムのグーデリアンとはあまりにも違いすぎるスーツ姿。どこから見ても非の打ち所がない立ち居振る舞いは、彼の出自を容易に想像させた。ぴんと伸びた背筋がどこか赤井を思い出させる。

 赤井は差し出された手を取り、しっかりと握り返した。握手が文化の国だと降谷は思った。
 「日本の警察も威信をかけて、チームをお守りすると約束します。僕のいるこの国でテロリストに好き勝手はさせません」

 自分の言葉は彼らにどのように響いたのだろう。降谷は少し気になった。
 信頼の置ける責任者と見なされただろうか。それとも。

 降谷が背負っているものは決して軽くない。日本という国の誠実さと責任を体現しなければならない。
 スーツ姿のブルネットは、降谷の手もしっかりと取った。
 「よろしく頼む。日本は……信頼できる国だと思っている」

 アメリカの英雄、J.グーデリアンに送りつけられた殺害予告は、日本グランプリで観客を巻き込んで、彼を抹殺するという内容だった。いたずらにしては手の込んだ脅迫状をみすみす見逃しては、公安警察の名折れになる。ウェブ上に書き込まれた内容をすぐに精査するよう指示したのは他でもない降谷自身で、ただの「冗談」では済まされないことがわかった今、対策本部を立ち上げるに至ったというわけだった。

 日本で行うテロ対策にFBIの力は必要ない、と言いたいところだが、対象者が日本人ではないのが厄介だった。いわば、アメリカの要人に匹敵する。
 ホワイトハウスすら、彼の警護に配慮するよう口を挟んでくる熱狂ぶりだ。

 当の対象者はのんびりしたものだが、世間が言うように軽薄なだけなのか、大物なのか、降谷には人となりを知る術もなかった。

 ただ、彼の髪一本傷つけさせるわけには行かない。日本警察の名誉にかけて、成し遂げねばならない任務があった。

 

 

 F1が最も知られているが、モータースポーツのトップレーサーは巨万の富を得ているという。そんな対象者を匿う施設など都内でも限られており、彼の居場所を突き止められるのも時間の問題と思われた。

 洒脱なしつらえのスィートルーム。世界的にも名の知れた最高級ホテルの最上階だ。せめて一週間はもてば良いと降谷は考えていた。

「ミスター・グーデリアン。このフロアにはこの一室しかありません。この部屋に上がってこれるのは、日本、アメリカの警備関係者と、チーム関係者となっております」
「へぇ。チームの奴ら、入れてもらえんの? チームのスタッフに犯人が紛れ込んでいるかもしれないぜ」
 に、と笑った顔は人好きのする印象だったが、吐いたセリフは物騒なものだ。降谷は思わず息をのんだ。

「お嬢ちゃん。うちの業界、そんな甘いもんじゃないぜ? シート争いだけでも熾烈なもんだ。俺を憎んで、殺したいやつなんてごまんといる。そんな脅しに一々屈してたら、きりがないんだよ」

 どさりとソファに沈み込んだグーデリアンは降谷に説明した。今すぐここから出してもらいたい、という彼の遠回しな依頼であることは降谷にはすぐに理解できた。

「レース直前なんだ。本当なら、俺はこんなところにいちゃいけない」
「事情は承知しています。監督には話を通してあります。レースの調整に協力は惜しみません。ドイツから資材を持ち込むスケジュールを早めて頂き、日本で調整を進めて頂く手配を整えています」
 よどみなく読み上げる降谷に、グーデリアンは、それならいい、と頷いただけだった。

 余計な話をしない男だと思った。それは、降谷の隣に立つ赤井と共通している。

 赤井は室内をチェックし終えた後、最も安全と思われるポイントと思われる場所を室内に探し出し、そこにソファセット一式を移した。外部からの狙撃を排除するためだ。赤井しかできない仕事にグーデリアンは口笛を吹いた。
「FBI随一のスナイパーってのは伊達じゃないんだな。一度、射撃の腕前を拝んでみたいね」

 トップアスリートと鍛え上げられた狙撃手の体躯は並び立っても遜色ない。間に入る自分が子どもみたいに思えて、降谷は小さく唇を噛んでしまう。
「お嬢ちゃん」
「……その呼び方、止めて頂けませんか」

 超VIPが相手とあっても我慢ならないものはどうしようもない。降谷は眦をつり上げて、抗議した。目を丸くしたグーデリアンは悪い、と素直に両手を挙げた。

「深い意味があったわけじゃないんだ」
「あっても困ります」
「日本の警察官はこんなキュートなものかと思ってね。FBIもヴィジュアルで選ぶなら、日本もそうなのかと思っただけだ」

 それは決して褒め言葉ではなかっただろう。だが、グーデリアンに悪気はない。素直に、彼の印象を表現しただけだ。東洋人はただでさえ幼く見え、特に降谷は自分の容貌が他人に侮られやすいことを理解している。
 嘘がつけないのを美徳とする目の前のアメリカ人は、彼の本心を素直に綴ったに過ぎないのだろう。

 赤井は、閉ざしていた口をようやく開いた。
「そちらこそ、モータースポーツはいつからハリウッド俳優を採用するようになったのかと、随分賑わせたものだが、俺の記憶違いかな」
 反撃を食らった格好になった男は目を丸くし、大きく口を開けて笑った。

「そうだな。……そんな風にネタにされたことも過去にあった。失礼した。降谷警視。俺はどうも軽口を叩く癖があるらしくていけない」
 監督を頻繁に激怒させるのだとグーデリアンは続ける。

 青い目は赤井を見て、赤井の表情が読み取れない相貌を調べ尽くそうとした。
「本国出身じゃないな」

 降谷はぎょっとして赤井を見上げた。赤井のどこを見とがめれば、そのような事実に思い至るのかと驚いたのだ。

「黒い髪、肌の色は、本国じゃ関係ない。出身はイングランド? 訛りが残ってるな」
「母が英国人だ。どれだけ矯正しても、子どもの頃から使っている言葉は完全には直らない。おかげでステイツでは時々奇妙な目で見られる」

 赤井にそんな事情があるのを降谷は知らなかった。彼のことは調査し尽くしたと思っていたが、その胸のうちまで掘り起こすのは到底不可能だった。

「ステイツじゃ苦労するだろ。やつらのやっかみは陰湿で根が深い。俺は、所詮田舎の出身だから、ステイタスにもグローリーにも興味はないが」
「それはあなたが成功者だからだ。ミスター・グーデリアン」

 話し相手がほしいのだろうか。降谷の母国語ではない会話の細かいニュアンスまでは、さすがにくみ取れないのがもどかしい。二人は思う存分言葉を尽くし、互いの憤懣を打ち明け合っているようだった。

「成功? その代償がこれさ。いらない妬みを買い、命まで狙われる。大切な人間まで危険にさらす。そんな代物を、あんたは望むかい? シュウイチ」
 いつの間にファーストネームで呼ぶようになったのか。赤井は拒絶する姿勢を見せなかった。つまり、二人の間に信頼関係が構築されたということだ。

 対象者の信頼を得られなければ、どれほど護衛が最善を尽くしても良い結果を生まないことを降谷は熟知している。グーデリアンは赤井を信頼に足る男と見なしたのだろう。
 赤井もそれに応えた。この仕事はきっと上手くいく、と降谷は直感した。

「大切な人を危険にさらすような真似を俺はしない。万一、そうなったとすれば、俺が無能ということだ」
「……つまり、俺は大切な人間をリスキーな状況に追い込んだ能なしってわけだな」

「ミスター、赤井はそういうつもりでは」
 慌てて口を挟んだのは降谷だった。グーデリアンも気を悪くした様子はない。赤井もしれっとしている。

「お嬢ちゃん」

 ドイツ語でフロイラインというのは、そういう意味だろう、と降谷は理解していたが、何度抗ってもグーデリアンはそう呼ぶのを止めない。あだ名のようなものだと受け入れるしかないのだろうか。
 またしても、呼びかけられたのに、内心歯ぎしりしつつ、降谷は、はいと答えた。

「アメリカでは、大事なもの一つ守れない男を臆病者と呼ぶんだ。俺は能なしではあるが、臆病者だとは思ってないよ」

 息をのんだ降谷の髪を、グーデリアンが柔らかく撫でた。とっさに、その手を払い落とす男がいたのに降谷は驚き、目を見張ったが。
 赤井も自分のしでかしたことに戸惑っているのか、緑の目が珍しく揺れた。グーデリアンは呆気にとられた様子だったが、しばらくの沈思の後、大声を上げて笑った。

「あはははは……俺が悪かったよ、シュウイチ。フロイライン。すまなかった。寂しい独り寝が続くと思うとついくさくさしちまってさ。可愛い子が大好きなんだ」
でも、それだけさ。

 赤井は眉間に眉を寄せ、ため息をついた。
「必要なようなら、ステイツから、身元のしっかりした女性を呼んである。ここに入れることも可能だ」

 何でも、彼は名の知れた色男らしく、ゴシップ紙の常連だという話だった。見目麗しい女性を側に従えていないほうが珍しいという。降谷は、どのような顔をして良いかわからず、苦笑いをするに留めた。

 日本の警察が介入する話ではない、その程度の空気を読むことはできた。

「必要ない。ただ、寂しい独り寝を余儀なくされる男の前で、甘い空気を出すのは勘弁してもらいたいね。部屋はどの部屋を使ってもらっても構わないが、メイクラブの気配を感じるのだけは御免だ」
 わかったと答えた赤井に対して、降谷は何を言えただろう。

 そして、何をきっかけにグーデリアンはどこまで察知したのかと、頬が熱くなるのを止められなくなった。
 どの部屋のベッドも広く、キングサイズに違いなかったが、職場で義務でもないのに、赤井と寝る趣味など降谷にはなかったので、それぞれ別の部屋に収まることに決め、最初の夜は眠れないまま過ごしたのだった。

 赤井が密かに怒りを抱えていたのに、降谷もしっかりと気づいていた。

 

 

 J.グーデリアンの警護を始めてから赤井はあからさまに機嫌が悪い。元々愛想など皆無だが、虫の居所の悪さを隠そうともしない。かといって、対象者と不仲であるのかと言えば、現実は真逆で、二人はファーストネームで呼び合う関係だ。
 理解に苦しむ、と降谷は痛むこめかみを押さえるしかなかった。

 日本で企画されたファンミーティング。脅迫者が潜伏している可能性が高いこの国でのイベントに、降谷は最初難色を示した。ファンに紛れ込んで不審者が出入りしないとも限らない。リスクはできるだけ減らしたいのが管理者として当然の判断だった。

 だが、グーデリアンは首を横に振り、簡単に言ってのけたのだ。
「やるよ。その代わり、来場者の警備は万全にしてくれ。俺のことは後回しでいい。まずは、無関係の被害者を出さないことがあんたの務めだ」

 サーキットを借り切っての大規模なイベントだった。考え得る最悪の事態に備え、警備員の配置は万全にしてある。肝心の対象者の周囲には、赤井と降谷が張り付いた。イベンターに扮した二人は、つかず離れずの距離で周囲に気を配り、どこから来るともわからない襲撃に備えた。

 グーデリアンは暢気なものだった。一人一人に丁寧に対応し、求められればハグにも応じた。女性がナイフでも忍ばせていたらどうするのだと降谷は気がかりで仕方がなかったが、赤井は、ああいう男なのだとため息をつくばかりで、諫めようともしなかった。
そして、顔をしかめる降谷にため息をつく。

「……なんですか」
「そんなにあの男が心配か? きみが思うほどやわじゃないぞ」
「……何を言ってるんだ、あんた」

 思わず口調が乱れた降谷を咎める者はいない。テロリストの餌食にされかねない相手を心配しないほうがどうかしている。それが降谷の任務なのだ。対象者を安全に管理し、一人の被害者も出さないこと。それが降谷の至上命題でもある。  グーデリアンだろうが誰であろうが、降谷のスタンスは変わらない。

 赤井の仏頂面もいい加減見飽きた降谷は、かねてより抱いていた疑念をついに口にした。
「……まさか、僕が私的な感情で、彼を心配してるとでも?」
 緑の瞳が降谷を一瞥する。さりげなくグーデリアンの背中を守りながら、赤井は小さく答えた。

「きみに限ってそれはないだろう。ただ、少々面白くないのも事実だ」
「面白くない? 何が」

 イベントのスタッフらしく笑顔を張り付かせた降谷は、声には不快感をにじませた。赤井に不愉快になられる理由などどこにも見つからない。降谷は職務に忠実なだけ。降谷の性分を一番理解しているのは赤井であるという信頼があった。

 それを「面白くない」とは。
 しかめ面になりそうなのをどうにか押さえ込み、降谷は笑顔で言い放つ。

「まさか、あんた、彼に嫉妬しているとでも? 僕が、彼に気持ちを持って行かれるとでも、思われてんですか」
 それは降谷の誠実を疑われているのに他ならない。そうとは言っていない、と赤井は呟いたが、彼の感情は明らかにそれだ。
 むっとした降谷は背後を振り返った。

 肩が触れる距離で任務を遂行する相棒をにらみつけ、思い切り足を踏みつけてやる。
 顔色一つ変えないのはさすがとしか言い様がないが、こんなときばかりは赤井の無表情が憎らしかった。

「……仕事中だぞ」
「仕事中におかしなことを言い出したのはそっちだろ」

「俺は、ジャッキーは自分で自分の身を守ることくらいはできるから心配要らない、と述べたに過ぎない」
「テロリストの攻撃からどうやって身を守るって言うんだ。あんた、頭のネジ、いっぺん締め直してきたほうがいい」

 入場の際の荷物検査などであらかじめ危険物がないことは確認済みだが、それでもどんな手段を使うかわからないのが卑怯者の恐ろしさだ。そのために専門職の降谷がいる。
 どんな小さな隙も見せてはいけない。どんな油断もあってはならないのだ。

「もし、彼がテロリスト対策のスペシャリストだというなら、今すぐレーサーを止めて、FBIにスカウトしたほうがいい」
 精一杯の皮肉を込めて、降谷は言ってのける。赤井はくすりとも笑わなかった。

「……そういう意味じゃない、が。……伝わらないものだな」
 それきり黙り込んだ赤井ににわかに怒りがこみ上げてくる。

 伝わらない、というのは、降谷にとって、伝える気がないのと同等だ。降谷に伝わっていないと感じたなら、伝わるまで努力するのが誠実さというものではないか。赤井は時々自己完結する癖があって、そのとき、彼は殻に閉じこもるようだった。

 またか、と歯がみしたくなったのは降谷のほうだ。
 固く閉ざされた赤井の扉をこじ開ける努力をしないといけないのはいつも降谷のほう。

「わかってほしいなら、わかれ、と言ってみればどうなんです?」
 赤井の低い声が、聞こえるか否かのトーンで綴った。

「じゃあ、わかってほしい。これで良いか」
「……何をわかれと言うんですか! あんたね、言葉が劇的に足りていないんですよ! わかってほしいなら、ほしいなりの態度を示したらどうかと言ってるんです」

 つつがなくスケジュールを消化したイベントは幸いなことに――いや、当然の結果として、何事もなく終了した。最後の参加者を見送ったグーデリアンは、両手に華やかな美女を抱え、いかにも面白そうに降谷と赤井を見た。
 レースクィーンというのだろうか。降谷にはあまり縁のない職業の女性が赤井に握手を求めてきた。断りもしない赤井に腹を立てて何が悪い。

「まだ職務中です。グーデリアン氏を送り届けるまでは気を抜かないで下さい」
「きみは何をいらついているんだ」
全くかみ合わない赤井との会話に、降谷の頭痛は一層激しさを増した。

 場に似合わない大声で笑ったのはグーデリアンだった。
「俺は、俺の身くらいは守れるよ、フロイライン。防弾ベストも身につけているし、こう見えて、それなりに格闘技もやってるんだぜ?」

「その過信が命取りになる。相手が持ち込んできたのが生物兵器だったら? いくらあなたが人並み優れた資質の持ち主でも太刀打ちするのは難しいでしょう。そのために我々がいるんです」
「生物兵器なんか持ち込まれたら、フロイライン、きみまで巻き添えにしてしまうじゃないか」
「そうしないために、我々は最善の努力をしています。ですから、あなたも我々の指示に従って……」

「ジャッキー。言っても無駄だ。この鋼鉄の乙女はどうも情緒というものを解さない」
「誰が乙女だ! ミスター・グーデリアン! あなたにも再三言おうと思っていましたが、いくら幼く見えても、僕はれっきとしたプロフェッショナルだ。無力な少女扱いされるのは我慢できません」

 二人の長身の視線が交差する。二人は視線だけで意思疎通できるようだった。まるで疎外された扱いに、降谷はいよいよ髪をかき乱したくなった。

「ああ、もうなんだって言うんです! 言いたいことがあるならはっきり言えば良いだろう! アメリカ人はストレートな物言いが信条なのでは? こんなもったいぶったようなのは……」

 言い合いは道中のリムジン内でも続いた。運転手を買って出たのは、降谷の部下である風見だった。対象者の身辺は最も信頼が置ける人材を配さなければならない。車の運転一つでさえ、事故という名の殺人手段になり得るのが降谷の世界なのだ。

 風見は耳をふさいで、赤井と降谷の諍いを聞かないようにしている様子だった。長い足を投げ出したグーデリアンは、シャンパンをあおりながら、俺がいないほうが良いんだろうが、と朗らかに笑った。

「どうも、あんたら二人はコミュニケーション不足の感が否めないな。……なんて、人のこと言えるほど、俺もマメなほうじゃないけどな」
「ジャッキーは、誠実な男だろう。今回側で見ていてよくわかった。アメリカ中の女が夢中になるわけだと」
アメリカの男が見習うべき美点を全て備えている、と赤井が言った意味が降谷にはよくわからない。

「だから、アメリカの星、とか言うあだ名がついたんだな」
「昔の話さ。今は国を捨てて、金で身を売った売国奴だと罵られてるよ。そうでなきゃ、ライバルだったハイネルのチームになんて移籍しないってな」

 込み入った話に入っていけないもどかしさ。降谷は冷静を取り戻すことで、口惜しさを押し殺そうとした。短いとは言えない間関係があった自分より、数週間過ごした相手のほうが赤井を理解できているらしいのが悔しかった。

 自分は赤井を理解できていないのではないか。じわじわと苦々しさがこみ上げてくる。
 実際、二人の間で交わされる言葉のやりとりの意味一つ、まともに解釈できずにいる。語学には自信があったのだが、と降谷は膝の上で拳を握りしめた。

「俺のせいでフロイラインに辛い思いをさせるのは本意じゃないんだが」
 これも商売のうちなんだ、申し訳ない、と対象者に言わせてしまった自分自身を降谷は恥じた。

「とんでもない。辛い思いなんてしていません。私情を持ち込むのはプロとして失格です。こちらこそ、要らぬ気遣いをさせてしまったようで申し訳ないです」

「英国人もだが」

 と、いうグーデリアンの青い目は自分のそれと似ているのだろうか。ブルーアイにも色々な種類があると聞いたことがある。降谷の目はサファイアよりアクアマリンの色味に近いらしい。そう表現したのは誰でもない赤井だったが。

「日本人は持って回った言い方をするところがある。つまり、きみら二人は似たもの同士って言うところだ。俺から見ればね」
「……似たもの同士……」

「シュウもレイの情緒を理解しないっていうことさ。さあ、後は二人でやってくれ。俺はただの人形だ。今日だけ、何も見なかった、聞かなかったことにしてやるよ」

 何週間も自分のせいで拘束させて済まないと思っている、とJ.グーデリアンはうそぶき、ホテルに戻るなり主寝室に引っ込んだ。話し声らしきものも聞こえてきたが、内容まで聞き取るほど、降谷も赤井も悪趣味ではなかった。ただ、対象者は今日は二人を用済みだと言ってくれた。

 その好意に甘えるのは、本来なら、職務規程に反する、ことになる。だが。
「……零くん」
 そう呼ばれるのは久しぶりだった気がする、と降谷は胸にこみ上げてきたくすぐったい感情に叫びたくなった。

「ジャッキーはああ見えて頭の切れる男だ。俺たちのことなんか、初日にとうに気づいていたよ」
「……だから、何だって言うんです」

 グーデリアンの言うとおり自分は情緒を解さない人間だと降谷は思う。赤井が言いたいことをくみ取っているのに、素直に受け入れようとしない。心を開いて、嬉しいと言えたらどんなに良いだろう。
 全て、赤井に委ねるしかできないのだ。
 身体を開くのも、彼に無理矢理強いられたという格好でしか、まだ、できない。

「きちんと話をしないか。俺も、きみに嫌な思いをさせるのは本意じゃない」
 この関係を維持する努力も、彼に依存している部分が大きいと思う。降谷は心の中で詫びた。自分はまだそこまで開けっぴろげにはなれない。自分の感情に正直になるのは恐ろしかった。

 赤井の懇願を受け入れる格好で、降谷は彼との対話に応じた。対話というのは言葉で行うものだけを意味しない。対象者が目こぼししてくれるというのだから、そこは素直に甘えよう、と、何週間ぶりかの時間を過ごすことにした。
 同じベッドで眠るというのは、どうしてこれほど安心できるものなのかと、改めて不思議に感じた。


to be continue.



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